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ものではなくて、「印象」を作りたい。(nomena 武井祥平)/10代のみんなへ伝えたい、空間づくりの仕事 Vol.9


nomena のメンバー。浅草社屋の屋上にて。【Photo : Shintaro Ono】

文:吉岡奈穂 取材・編集:丹青ヒューマネット
公開日:2022/04/15

 10代のみんなへ伝えたい、空間づくりの仕事 

駅や学校などの大きな建物から、自分の家まで。わたしたちが日常の大半を過ごしている「空間」をつくる仕事には、どのようなものがあるのでしょうか。

さまざまな空間づくりの場に人材を派遣している丹青ヒューマネットから、中学生や高校生のみなさんに向けて、空間に関わる仕事を伝えるインタビュー企画をお送りします。

今回は新しい空間の感じ方を探究するスタジオ「nomena」より、アート、デザイン、サイエンス、エンジニアリングと領域を越えてさまざまな研究と実践を行っている武井祥平さんにお話を伺いました。



nomena 代表 武井祥平

--PROFILE


1984年岐阜県生まれ。高専で電気工学、大学で認知心理学を専攻。2006~2010年(株)丹青社。2012年東京大学大学院 情報学環・学際情報学府修士課程修了。

同年、クリエイティブスタジオnomenaを設立。企業から作家まで幅広く協業している。

2018年4月より東京大学大学院 情報学環 特任研究員。東京大学総長賞(2012)、電気情報通信学会MVE賞(2012)、東京都現代美術館ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト公募展グランプリ(2012)、DSA日本空間デザイン賞金賞(2017)、日本サインデザイン協会SDA賞優秀賞(2017)、Penクリエイターアワード(2021)などの受賞歴がある。

【Photo : Shintaro Ono】

 

nomenaではどのような仕事をされていますか?

万博などの展示プランニングから、美術館や博物館の展示物 、インタラクティブなコンテンツの制作、メーカーの製品開発のお手伝いといったことまでさまざまです。ディレクションだけということもありますし、設計から制作まで手を動かすこともあります。

デザイナーやアーティストの技術的なサポートも多いです。執筆もしますし、正直、事業領域や仕事内容はあまり意識していません。「nomenaさん、こういうことできる?」「武井さん、こういうことできる?」というお声がけをもらったときに、できるかできないかわからないけれど挑戦するということを続けてきたら、できることの範囲がどんどん広がって、自分たちが提供できることがそのまま仕事になっていきました。

最近では2021年の東京オリンピック・パラリンピックの聖火台を作るという国家的なプロジェクトにも関わらせていただき、光栄なことに「Penクリエイターアワード2021」を受賞しました。上下2段、計10枚の外装パネルが花びらのように開き、太陽をコンセプトとする球体の中心に火が灯るというもので、検証と改善を重ねて開閉の動きを実現した設計力を評価していただきました。

 

nomenaを立ち上げた経緯について教えてください

空間づくりを行なっている丹青社で営業職として3年間働いたあと、東京大学大学院の情報学環・学際情報学府に進学を決めました。

「先端表現情報学コース」という名前の通り、情報学分野の先端的な表現について学際的なアプローチで学ぶというコースを専攻したのですが、いろんな分野の人が集まっていて、日々研究したり創作したりという環境にとても刺激を受けて、自分も作品を作り始めるようになりました。

大学院を修了するタイミングで、自分が社会に対してどんな役割を果たせるのか、どんな価値を提供できるかを考えた結果、クリエイティブスタジオnomenaを創立することにしました。

大学院時代に発表した作品『MorPhys』。市販の巻尺 3 本と面ファスナーの組み合わせで強固でありながら巻き取り可能なバーを構成。それをさらに 6 個組み合わせてモーターで駆動することで容積が変わり、移動もできる三角錐の空間システムを開発した。東京都現代美術館ブルームバーグ・パヴィリオン・プロジェクト公募展グランプリや東京大学総長賞を受賞。【Photo : Shohei Takei】



nomenaはどのような集団なのでしょうか?

最初はとても個人的なもので、僕のやっていることがそのままnomenaの活動だったのですが、とても幸運なことにやがてnomenaで働きたいという方たちが自然と集まってきてくれて、いまはメンバーが6人います。機械工学、ソフトウェア、建築など、それぞれ理系のバックグラウンドを持ちながらも表現することに興味があるという人たちです。

株式会社という形態は取っているものの、僕は nomena をある種のコミュニティのように捉えています。仕事としてものづくりに携わりながら個人の創作活動もアグレッシブに継続していきたいと考える人たちが自然と集まるような、そんな場を目指しています。

nomena では個人の創作活動が、クライアントワークと同じように尊重されている。【Photo : Shintaro Ono】

 

武井さんのご職業はエンジニアですか?

そうですね。アートやデザインとして評価をしていただけるような作品制作もしていますが 、軸足はエンジニアにあると思っています。「自分はアーティストです」と名乗るのは違和感があります。何かに強い興味があって、その興味を探求した結果として社会からアーティストして見られるということもあるのかなと思いますが、自分で言うのは抵抗があるんです。

なんとかメディアクリエイターみたいな主張が激しい感じの肩書きもちょっと‥(笑)。親しくさせていただいている、博報堂monomの代表で、デザインスタジオ「YOY(ヨイ)」を主宰している小野直紀さんの著作の中に、肩書きをハッシュタグにしてあるものがあって、このやり方は現代的だなと思いました。

 

nomenaや武井さんが社会に提供できる価値とはどんなものですか?

誰も見たことのない印象を作ることに興味を持っています。そこにエンジニアとして携わることができるというのが僕たちの価値だと思います。

仕様が決まっているわけではない中、まだフワッとした予感しかない状況で、その予感を具現化するために辛抱強く寄り添えることが社会に対して提供できることかなと考えています。

なかなか先が見えないときもひたすらトライ&エラーを重ねていきますし、あきらめが悪いんですよね(笑)。最近ではアジャイル開発とか、ラピッドプロトタイピングとも言われますけど、あまりそういったことは意識せず、自然とこのスタイルを続けることで実績を築くことができました。

ちなみにnomenaという社名の由来は、現象という意味を表す「phenomenon」です。かたちとしてのものを作ることよりも、現象を作ることを意識しています。人はいま目の前で起きていることを瞬間的に捉えて、自動的に脳内に印象を形成します。そこを見据えたものづくりが僕たちの仕事です。



NOSIGNER 太刀川英輔氏と 2012 年に制作した『Transient Prussian Blue』。電気を加えることで色が変わるガラス「Prussian Blue Device」を使用したインスタレーション。このガラスは電気を流すとインクが滲むように透き通ったブルーからイエロー、そして無色透明へと色を変える。その有機的で美しい透明感によって、空の移ろいのような自然現象がもつ複雑な印象を表現した。

 

空間づくりの会社である丹青社に一度就職した経験は役立っていますか?

役立っています。企業のポップアップイベントや見本市でのブース設営など、比較的規模の小さいプロモーション空間を扱う仕事に携わっていたので、ひとりで担うことができる業務範囲が広く、知識とノウハウを養うことができました。

空間を構成している照明、テーブル、パネル、印刷物とか、いつどこで誰がどんなふうに作っているのか、作るのに時間や費用はどれくらいかかるのか、最初はまったく見当が付きませんでしたが、あの3年間があったことで「誰に頼めば何が作れるのか」頭の中にindexができたように思います。

広告代理店に出向したこともあって、そこでは物事をさまざまな角度から俯瞰してみる能力が鍛えられました。世の中の仕組みを知った上で戦略を練るというか、やりたいことを実現するために、組織や体制、座組みからデザインするという大切さも学んだと思います。

 

いい空間とはどのようなものだと思いますか?

ネットで多くのことが疑似体験できる世の中で、フィジカルな空間の本質的な価値について以前から考えてきました。買い物も EC サイトで事足りるし、最近では洋服のフィッティングもバーチャルでできるようになりました。そのとき僕たちがフィジカルな空間をさまざまな装飾や仕掛けで彩る意味がどこにあるのか。

ひとつの鍵だと感じているのは、フィジカルな空間でしか得られない幸福感があるということです。例えば、大切な人と過ごせる時間が残りわずかしかない、そんなときにどんな場所でその人と過ごしたいと思うか。そのときに思い浮かぶような場所が、ひとつの「いい空間」だと言うことができそうです。

その空間で、その人は、幸福な時間を過ごすことができる。そこでは理屈や論理を超えた、いわば詩的な力が作用しているように思います。最近は、そのような詩的な力がどのように生まれるのかということを密かな研究テーマとして、日々の仕事に取り組んでいます。

ミラノデザインウィーク サローネ・サテリテ(2014)にて発表した作品『MOMENTum』。超撥水加工が施された椀状のテーブルに、水滴を射出することで有機的なパターンを描く。水滴の射出は機械的に制御されているが、そこに表れる水は決して同じ表情を見せることなく、ときに優雅に踊り、ときに躍動する。武井がメンバーとして参加するクリエイティブチーム「KAPPES」としての作品。

 

 

発想やアイデアはどんなところから考えますか?

高専で電気工学というガチガチに理系な環境でVRの研究をしていたんですけど、VRは人の脳を工学的にいかに騙すかという分野でもあるので、工学と心理学の間の領域なんです。なので心理学も勉強したいなぁと思って、総合大学に編入学したことで視野が一気に広がりました。

文学や哲学、社会学とか建築とか、世の中にはこんなにも多様な学問領域があったんだということに衝撃を受けたんですよね。このときの経験がきっかけで自然科学だけでなく、人文系の分野にも強い関心を持つようになりました。もちろん専攻していた心理学からも多くのことを学び、nomena が「印象をつくる」ことを仕事にし始めたのも心理学からの影響が大きいと思います。

発想やアイデアは、「いま、なぜそう感じたか」ということを立ち止まって考えることから生まれることが多い気がします。心理学ではこれを内省と言ったりしますが、普段、あまりに当たり前すぎて見過ごしてしまっていることが実はぜんぜん当たり前ではなかった!ということに気づいたときは誰かに伝えたくて仕方がなくなりますね。(笑)

社内で定期的に行われる勉強会の様子。【左 Photo:Gottingham】

 

仕事をしていて楽しいのはどんなときですか?

尊敬している人とか、自分にはない能力を持っている人と出会えることが楽しいです。

写真家、現代美術作家、建築家、演出家として幅広く活躍されている杉本博司さんという方が昔から大好きだったのですが、この間、杉本さんの作品づくりをお手伝いする機会をいただいたとき、ご本人の考え方やものの見方を間近で見ることができて、とても勉強になりましたし、たくさんの刺激を受けました。

そういう尊敬している方に信頼していただける仕事ができたときは、ほんとうにうれしいですね。

 

21_21 DESIGN SIGHT「 ルール?展」(2021年7月2日~11月28日)で展示された作品『四角が行く』(石川将也 + nomena+ 中路景暁)。直方体がせまりくる関門に空いた穴を、移動したり、向きを変えたりしながら通り抜けていくことで、鑑賞者にルールの存在を気づかせ、それに従うことの健気さや怖さ、そしてルールを突破する方法が必ずしもひとつではないことを、言葉を使わずに伝えている。

 

注目している方はいますか?

片野晃輔くんという24歳のワイルドサイエンティストの友人です。中学のときにお母さんが乳がんになったことをきっかけに分子生物学に関心を持って独学で学んで、高校時代には企業や大学のラボを利用して個人で研究をして、という経歴を持っています。

高校を卒業したあとはアメリカに行って、MIT Media Lab(マサチューセッツ工科大学メディアラボ)の研究員になり、いまは日本で、フリーランスの研究者として生態学の研究をしています。

とても面白いし気も合うんですけど、彼を見ていると、自分だけの世界や価値観を持っている人が認められる時代になっていると感じます。常識にとらわれず本質を見つめて本気で世界を変えようと研究に取り組む彼の姿勢を、心から尊敬しています。

片野くんにはnomenaの顧問をお願いしていて、SDGs や脱炭素、生物多様性などの問題について学術的な視点からアドバイスをもらい、プランニングの業務に生かしています。

 

10代のみなさんに対するメッセージをお願いします。

自由に考えるのがいいと思います。自分の好きなことを追求しましょう。そもそも大学に行く必要があるのか、就職をする必要があるのか、というところから問い直してもいいと思います。

自分らしい働き方だったり、生き方だったりができる場所は必ずあるので、社会から求められることに無理をして合わせなくて大丈夫です。昔は僕もそうは思えなくて、「自分が変わらなければ」という感覚も強かったし、確かにそれで成長した部分もありますが、現代はむしろ、他人との差異のほうが価値となる時代だと思います。

独自の道を自ら進めば、人のせいにはできなくなる。だからこそ、一度しかない人生を覚悟を持って全力で楽しめます。決して易しい道ではないですが、応援しています。

 


取材を終えて

気持ち良い朝、スカイツリーがとても良く見えるノメナ武井さんの事務所到着。味わいある倉庫風の建物で、外からは、中で何が行われているか何もわからない様子です。

武井さんは穏やかで、哲学者みたい、とお話を聞きながら感じました。その背景には大学で建築をはじめ、心理学も学んだことや、メカやPCなどの工学・機械的な要素に人の五感でどう感じるかなどを考えているからでしょうか。

武井さんの作品に惹かれる理由は、揺らぎや心理的要素が魔法のようにちりばめられているのではないかと思っています。仕事のつながりも緩やかに人と繋がっていて、窮屈でない自然体で人と関われる感じもまた羨ましいと思ってしまいました。

活躍の場はどんどん広がっているようで、1次産業にも新しい風を吹き込み、新たな価値を産み出してくれる予感がします。
日本を代表するクリエーターとして益々の活躍を期待します。


株式会社丹青ヒューマネット

石畑 和恵

 

 

株式会社丹青ヒューマネットは、「働く人を応援し、幸せになる」をミッションとし、建築・インテイリア業界へ人材を輩出しています。人材のことで課題をお持ちの企業様、新しい働き方をお探しの方はこちらへご連絡ください。


 

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