紙の図面は過去のモノへ。デジタル上で建物を建てることから、建築は始まる。(オートデスク 菱田哲也)/10代のみんなへ伝えたい、空間づくりの仕事 Vol.4
駅や学校などの大きな建物から、自分の家まで。わたしたちが日常の大半を過ごしている「空間」をつくる仕事には、どのようなものがあるのでしょうか。
さまざまな空間づくりの場に人材を派遣している丹青ヒューマネットから、中学生や高校生のみなさんに向けて、空間に関わる仕事を伝えるインタビュー企画をお送りします。
今回はオートデスク株式会社にて建設部門テクニカルスペシャリストのマネージャを務める菱田哲也さんにお話を伺いました。
BIMを用いたプロジェクト(image courtesy of Nihonsekkei)
文:吉岡奈穂 取材・編集:岩崎美紀(丹青ヒューマネット)
公開日:2021/4/5
10代のみんなへ伝えたい、空間づくりの仕事
建設部門テクニカルスペシャリスト マネージャ(取材時)
菱田哲也
--COMPANY PROFILE
あらゆる「ものづくり」に取り組む人々に向けた設計開発ツールや連携プラットフォーム、開発環境を提供するリーディングカンパニー。
製造から建築・土木エンジニアリング、メディア&エンターテインメントまでの幅広い業界で、デザイン・設計からカタチにするまでのプロセスをサポートしている。
オートデスクの事業内容について教えてください。
1982年にアメリカで創業したソフトウェアの開発と販売をしている会社です。
コンピュータを使用して設計や製図をするCAD(Computer-Aided Design)がまだ一般的でなかった時代にPCで稼動する「AutoCAD」を発売し、建築、土木インフラ、製造、CG/映像などの分野の設計者やデザイナーに支持されるようになりました。
あとはR&D(Research & Development)に力を入れているのも特徴です。R&Dとは新しい技術のための調査や研究をしたり開発に取り組んだりすることで、将来にも事業が発展していくことを考えて、売り上げの約20%をR&Dに投資しています。
コロナの影響でさらにデジタル化は加速したと思いますが、状況はいかがですか?
テレワークが急速に進んでお客さまの働き方が変わったので、クラウド製品は大きく伸びましたね。建築の分野でいうと3つ波が来ると思っています。
まずは脱図面ですね。紙という単位ではなくて、デジタルデータで業務が推進される日は遠くないと思います。
ペーパレス化に伴って確認申請のフローも変わります。いままでは担当者がハンコを捺印するというアナログな処理をしていましたが、その部分がカットされます。
あとはメンバーシップ型からジョブ型へ移行が進むと思います。人に合わせて仕事が割り振られるのではなくて、仕事に合わせてできる人が手を挙げていくという感じです。
能力やスキルが高い人は社内、社外をまたいで活躍の場が増えていくのではないでしょうか。
最近建築の分野でよく聞くBIM(Building Information Modeling)とは何ですか。 CAD(computer-aided design)とはどんなところが違うのでしょうか?
簡単に言えば関係者間のコミュニケーションを円滑にするためのツールです。
学校や病院、美術館やホールなど建物を建てるときには、とてもたくさんの人が関わりますよね。オーナー、設計者、施工者、メーカー、メンテナンス業者と立場も役割も職能もさまざまですし、国籍や言語が違うメンバーが同じプロジェクトを手がけることも珍しくありません。
そんなときに国ごとに異なったルールで描かれている図面を拠り所にして正しい情報を全員に伝えきるのは至難の技ですが、BIMを活用すればデジタル上で実際に建物を建ててしまうことができるんです。
検証や議論もそれをベースにできるし、プランの精度も上がるし、意思疎通も速やかになります。
CADは他のプロジェクトのデータが効率的に流用できたり、手書きでは難しい修正にすぐ対応できたりと便利な面はもちろんあるのですが、それぞれが簡単にデータを上書きできるぶん、結局何が正しくて何が最新なのかを常に把握するのが困難な面がありました。
この問題もいつどこからでも共同作業ができるBIMと、BIMに特化したRevitというソフトウェアを使うことで解決します。
ちょうどこの間、説明動画を作ったので、こちらを観ていただけるとわかりやすいかもしれません。
建物以外でもBIMが活用される可能性のある分野がありましたら教えてください。
建物の内側に関わるインテリアデザインや、建物の立地に関わる都市デザインなどには間違いなく活用されると思います。ビルを起点にして領域が広がっていくようなイメージですね。
また、BIMが建てた後にも上手に使われているのはアメリカの東海岸の大学の施設管理なのですが、みなさんが通っている学校や塾を始め、さまざまな建物にも導入されると思います。
どれくらいの頻度で照明を取り替えようとか、床を張り替えようとか、家賃がいくらなのか、いつ建て替えるのかとかそういうものを電子化してメンテナンスや修繕を計画するのが当たり前になっていきます。
デジタルベースになることによって、建築や内装業界はどのように変化すると思いますか?
建築分野での生産性を上げていくために、2020年に国土交通省がBIM推進会議というものを始めました。
まず手始めに何に着手したかと言うと、いままで曖昧になっていた設計のフェーズをきちんと国際標準に合わせて、海外の指標をもとに定義し直すということです。
官民が一体となってBIMガイドライン中心に建築事業を進めていくというのは大きな変化ですよね。
数年後にはBIMを基盤に全部の工程が決まってくると思います。
ちなみに建築は5年、10年という長い期間がかかることもありますが、内装はそれよりもプロジェクトのスパンが短いので、より少ないステップで効率よくシミュレーションができると思いますし、デジタルへの移行は速やかなのかもしれません。
BIMを使うためには、組織として何が必要でしょうか?
いまはBIMが得意な人がなんとなく全部をやっていて「その人がいないとダメ」というところがあるのが現状ですが、コロナ禍によって家で仕事をすることになったことをきっかけに業務の分担が進みやすくなったように感じています。
既に海外ではBIMマネージャー、BIMコーディネーター、BIMテクニシャン、BIMモデラ―などBIMに関係する仕事が細分化されているので、まずはそのやり方を参考にするのが良いのではないでしょうか。社内に足りない職種があれば、その部分を社外の人と協業することもできますし。
まず組織に導入するという段階であれば、「現場の人をどうラクにするか」もしくは「発注側の上流に働きかけて利益や売り上げの増加をどう説明するか」2つのベクトルから考えることが必要かなと思います。
仕事の面白さはどのようなところですか?
さまざま方たちと関わることで、いろいろな視点から物事を見られることです。
建設とITという業界の違いだったり、開発者とユーザーという立場の違いだったり、定量的な考え方と定性的な考え方だったりと、その間に入って全体を見渡しつつプロジェクトの舵を取って行くのが面白いです。
例えば「建設」と「製造」であれば、何かを作るというのは同じでも、建設業では現場を見ながらあれこれ変更することは日常茶飯事なんですね。それに対して製造業は基本的に現場での変更はあり得ないんです。
なので、その仕組みを合わせたら何が生まれるかということを考えたりするのが楽しいです。
そもそも建築やプログラミングにご興味を持たれたきっかけは何ですか?
科学やデータに基づいた理系的な側面と、直感や感性といったアート的な側面とのどちらも関われるのが魅力だと考えて大学では建築を専攻しました。
プログラミングはシミュレーションソフトに興味を持ったことがきっかけです。
祖父が東京の公害対策に取り組んでいたこともあり、もともと環境問題には関心があったのですが、スターン・レビューの「気候変動と経済学」を知って、エネルギーの試算をやってみたいと思って、大学院では環境設計を専門にしました。
大学院時代には室温や熱負荷を計算できる「ExTLA」というソフトウェアを開発して、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のコンテストに応募して、無重力を体験させてもらったのも印象的な出来事です。
10代のみなさんへ向けてのメッセージをお願いします。
プログラミングとディベートをトレーニングするのはいいと思います。2030年には世界での人口数1位はインド人になるというデータがありますが、インド人はこのどちらともに優れている気がします。
例えば環境問題もそうですが、国ごとで解決するのはもう限界で、世界中で同じ課題に立ち向かうようなことが増えていくと思うので、他の国の人たち同等に渡り合える基礎力は備えておきたいですよね。ちなみにオートデスクでは中高生が無料で使える製品もあるのでぜひ試してみてください。
あとは何かに取り組むときに、必要に迫られてやるような状況作りって結構大切です。
自分にハッパかけてみたら次にやりたいことが見つかって、また次へと雪だるま式に増えて、気付いたらいつの間にか遠くまで来ている。自分を振り返ってみてもそんな実感があります。
> オートデスク:エデュケーションページ学生の方が無償で使える製品をご案内しています
——取材を終えて
菱田さんにお話を伺って、わたしが勝手に持っていた「BIMって何?難しそう」という先入観が払拭されました。
言語の壁などを物ともしないBIM。世界中の人たちとコミュニケーションを取りたいから英語の勉強をしたいという人たちがいるように、「この業界でワールドワイドに活躍したいから、BIMを使いこなせるようになりたい」という声を聞くことができる日も近いように思いました。そのような近い将来を楽しみにしています。
また、オートデスクでは開発への異動や海外勤務なども実現できるそうで、菱田さんは今年度からの米国赴任が決まっていらっしゃるとのことです。
ぜひ第二弾として、米国でお仕事されている菱田さんに取材させていただけたらと思います。
株式会社丹青ヒューマネット
岩崎 美紀
株式会社丹青ヒューマネットは、「働く人を応援し、幸せになる」をミッションとし、建築・インテイリア業界へ人材を輩出しています。人材のことで課題をお持ちの企業様、新しい働き方をお探しの方はこちらへご連絡ください。